モバイル空間統計を用いた大阪北部地震モニタリング
~人口分布の変動からわかる出勤困難者~

コラム   

2019年03月30日

日本漢字能力検定協会は2018年12月12日、2018年の世相を表す漢字に「災」が選ばれたと発表した。大阪北部地震、平成30年7月豪雨、北海道胆振東部地震、台風21号、24号の直撃など、さまざまな自然災害が多発した。本サイトでは、発災当日の分析結果を公表してきたが、今回は、大阪北部地震がもたらしたより詳細な影響について、中央復建コンサルタンツ 事業創生グループ 松島氏に話を聞いた。

背景

2018年6月18日7時58分、大阪府北部を震源とするマグニチュード6.1の地震が発生し、最大震度6弱を大阪府大阪市北区、高槻市、茨木市、箕面市、枚方市の5市区で観測した。

総務省消防庁の速報によると、死者6名、負傷者443名(うち重傷者28名)の人的被害、大阪府55,611棟、京都府2,680棟ほか住家被害が確認されている(2018年11月6日時点)。関西電力では、一時的に大阪府内の約17万300戸、兵庫県内の約700戸で停電した。大阪ガスでは、茨木市、高槻市、吹田市、摂津市の、合わせて約11万2,000戸を対象に、安全確保のために都市ガス供給を停止し、全地域でのガス供給の復旧には、発災から6日を要した。水道では、耐用年数を上回る水道管の破断により、高槻市、箕面市などで約9万戸が一時的に断水した。

交通機関に着目すると、近畿圏の主要鉄道は一時全線で運転を見合わせた。通勤時間帯における発災で、JR西日本は、大阪北部地震の発生時に駅と駅の間で緊急停止した列車は153本で、乗客は約14万人であったと発表した。

目的

上記のように、大阪北部地震は近畿圏の都市活動に極めて大きな影響を及ぼしたものの、発災後の公表資料からも、発災時や発災後の人口動態の全容が必ずしも明らかにされているとはいえない。

有事の都市交通対策、ひいては災害に強いまちづくりを考える際に、平常時とは異なる都市生活者の動きをモニタリングすることは極めて重要と考えられる。有事の人口動態から、幹線的な交通手段が利用できなくなった場合でも職場にたどり着くことができるような職住近接の生活様式や、それを支援するコンパクトなまちづくりの必要性を導くことができると考えられる。また、昨今の働き方改革を支援するテレワークの推進やサテライトオフィスの設置など、ワークスタイルの変化への対応により、有事の影響を抑制する交通行動を促進するといった、官民連携による防災対策への示唆が得られるものと期待する。

ここでは、NTTドコモ社の携帯基地局の運用データから生成される「モバイル空間統計」のうち、滞留人口を示す「人口分布統計」を活用し、大阪北部地震発災時の人口動態を詳らかにし、有事の対策検討に資する計画課題等の抽出を試みる。

近畿圏全体の人口分布状況

近畿圏全体の人口分布状況を、発災1週間前の6月11日と発災当日の2018年6月18日で比較する。
図-1と図-2はそれぞれ、13時台における6月11日と6月18日の500m四方のメッシュ別の滞留人口である。両者の比較から、発災当日は大阪都心部における滞留人口が著しく少ないことがわかる。なお、6月11日の13時台に最も滞留人口が多いメッシュは、JR大阪駅、阪神梅田駅、大阪メトロ梅田駅を含むメッシュで、約44,000人が滞留している。これを人口密度に換算すると、約176,000人/km2となる。
6月11日と6月18日の上位10メッシュ合計の時間帯別滞留人口を比較すると、6月18日の日中の滞留人口が6月18より最大15万人程度少ない。また、6月11日、6月18日いずれも13時台で上位10メッシュ合計の滞留人口が最大となっている。
両日とも上位10メッシュ合計の滞留人口が最大となる13時台の滞留人口の差分(6月18日の滞留人口から6月11日の滞留人口を引いたもの)では、大阪、京都、神戸などの都心部における滞留人口の減少が大きい。特に、大阪市内では、JR環状線の内側を中心に広い範囲で滞留人口が大きく減少している。
一方、都心周辺部では、平常時より人口が増加しているエリアが多い。これは、平常時は都心部での生活者が公共交通機関の運休により、都心部に行くことができず平常時と異なる場所に滞留していたものと推察される。

図-1 6月11日(13時台)の人口分布状況
図-2 6月18日(13時台)の人口分布状況

個別エリアに着目した人口分布状況

a) 滞留人口が減少したエリア

13時台に滞留人口が減少したエリアは、いずれも大阪駅周辺の、いわゆる"キタ"のエリアに位置している。

b) 滞留人口が増加したエリア

9時台に滞留人口が増加したエリアの多くは大阪、京都、神戸の都心周辺部の"結節機能を有する"鉄道駅を包含するエリアとなっている。
発災当日には、8時台~9時台に滞留人口が一時的に増加しており、全線における運転見合わせのため、移動中の人が電車内や駅施設で足止めされたものと推察される。

No.13時台に滞留人口が減少したエリア9時台に滞留人口が増加したエリア
エリアに含まれる主な施設差分(人)エリアに含まれる主な施設差分(人)
1 JR大阪駅、阪神梅田駅、大阪メトロ梅田駅 -25,900 天王寺駅(JR、大阪メトロ) 4,800
2 JR北新地駅、大阪メトロ西梅田駅 -20,500 近鉄生駒駅 2,600
3 阪急梅田駅、ヨドバシ梅田 -18,500 近鉄大阪阿倍野橋駅 2,500
4 淀屋橋駅(大阪メトロ、京阪線) -15,600 山科駅(JR、京都市営地下鉄) 2,200
5 京阪渡辺橋駅、京阪大江橋駅 -13,600 大阪メトロなかもず駅、南海中百舌鳥駅 2,200

表-1 滞留人口が減少したエリアと差分

属性に着目した人口分布状況

a) 滞留人口が減少したエリア

居住地別の滞留人口
滞留人口が減少したエリアの居住地別の滞留人口をみると、全体として約15万人減少(52%減少)している。大阪府居住者の増減率-47%に対して、兵庫県居住者と京都府居住者で-66%と減少率が高い。
居住市区町村別の滞留人口減少量では、吹田市、西宮市、豊中市など大阪府北部や阪神間の都心周辺の地域で滞留人口の差分が大きい。

b) 滞留人口が増加したエリア

居住地別の滞留人口とその性別・年代別特性
滞留人口が増加したエリアの滞留者の居住地分布を図-3に示す。図中の丸数字は、増加量上位10エリアの位置とランキングである。居住地分布の上位は大阪市西成区、大阪市阿倍野区、堺市北区、尼崎市、姫路市などである。多くは大阪、京都、神戸の都心周辺部の市区となっており、都心部に向かう移動途中の人が多く足止めされたと考えられる。
表-2はその滞留者の性・年齢属性である。増加量の多い属性に着目すると、目的地にたどり着くことができずに当該エリアに滞留していた人の多くが、生産年齢層の男性であることがわかる。

図-3 滞留人口が増加した上位10エリアの滞留者の居住地分布(9時台)
9時台2018年6月11日(人)2018年6月18日(人)差分(人)増減率
年代男性女性性別計男性女性性別計男性女性性別計男性女性性別計
15~19 1,100 1,000 2,100 1,300 1,400 2,700 200 400 600 14.6% 40.4% 26.9%
20~29 3,000 3,700 6,600 5,600 5,600 11,200 2,600 2,000 4,600 87.5% 54.4% 69.3%
30~39 3,600 4,000 7,700 6,500 5,800 12,400 2,900 1,800 4,700 80.2% 44.9% 61.6%
40~49 4,700 4,800 9,500 8,100 7,800 16,000 3,400 3,000 6,500 73.5% 63.5% 68.4%
50~59 4,100 3,700 7,800 6,800 5,500 12,300 2,800 1,800 4,500 68.4% 47.5% 58.4%
60~69 4,400 3,800 8,300 6,400 4,100 10,500 1,900 300 2,200 43.4% 6.8% 26.4%
70~79 3,500 3,200 6,700 3,800 3,200 7,000 300 -100 300 9.3% -1.7% 4.0%
年代計 24,400 24,300 48,700 38,600 33,500 72,100 14,200 9,200 23,400 57.9% 38.0% 48.0%

表-2 滞留人口が増加した上位10メッシュにおける時間帯別滞留人口の性・年代内訳(9時台)

考察

大阪北部地震の発災時、平常時と比較して人口動態が大きく異なる。特に、大阪都心部"キタ"エリアで昼間人口の減少が著しい。一方、都心周辺部では、都心部に行くことができなかったと考えられる人が滞留している様子がわかった。平常時は混雑しない場所で、人口集中がみられたことが想定されるため、さらに駅施設等に着目した分析の深化が必要である。

出勤時間帯に地震が発生し、近畿圏全域ですべての主要鉄道路線が一時的に運転をとりやめたため、出勤したいものの、通勤先に到着できない"出勤困難者"が発生した。出勤困難者と想定される人は、男性の生産年齢層、震源地に近い大阪北部や阪神間の地域の居住者で多い。これらの人の多くは、6月18日8時台~9時台に電車内に閉じ込められたり、鉄道施設内で足止めされたりしたと考えられる。出勤困難者の中には、出勤をとりやめた人も一定程度存在しているものの、実際に"困難を伴って"出勤した通勤者の存在が把握できる。その属性は、男性の30歳代~60歳代で多い傾向である。

都市交通の観点では、出勤、登校といった日常的な移動が寸断された際の人口分布状況が把握できた。特に、出勤困難者は自宅から通勤先の間、都心周辺部の結節機能を有する駅(天王寺駅、生駒駅、山科駅など)周辺に滞留する傾向があることがわかった。このことから、都心周辺部の主要駅におけるバスやタクシーとの連携強化が求められる。あわせて、施設内で一時滞留が可能な場所の確保の必要性が認識される。

まちづくりの観点からは、コンパクトなまちづくりとともに、有事の影響を抑制する交通行動を促進することの重要性など、官民連携による防災対策の重要性が示唆される。

おわりに

ここでは、モバイル空間統計のうち人口分布統計を用いて、大阪北部地震モニタリングを実施した。人口分布統計を用いることで、都市交通やまちづくりの観点から重要な計画情報が得られることがわかった。

今後の展開として、人口分布統計だけでなく、移動の出発地・到着地が把握できる「人口流動統計」を用いて、発災前後の交通流動を明らかにする。交通流動の変化を捉えることで、有事のリダンダンシー(冗長性)を見据えた強化すべきネットワークなど、更なるモニタリング情報や都市交通課題などに資する計画情報が把握できるものと考える。ひきつづき、モバイル空間統計の情報価値の最大化に挑戦したい。

松島 敏和

Toshikazu Matsushima

中央復建コンサルタンツ株式会社

2009年 京都大学大学院工学研究科 修士課程修了。同年、中央復建コンサルタンツ(株)入社。同社計画系部門。

入社後、三大都市圏総合交通体系調査のひとつ、近畿圏パーソントリップ調査に従事。東日本大震災の被災地復興まちづくり支援(宮城県女川町)、国土技術政策総合研究所 道路研究室への出向を経験。2018年より現職。

人や車の交通ビッグデータの分析技術の開発、異なるビッグデータの融合による新たな分析技術の開発、道路交通・まちづくりに関するコンサルタント業務(開発技術の応用)などに従事。

土木学会、交通工学研究会会員。技術士(建設部門)。